ヱンヂニヤ・トヲルの生活と意見: 犬脱走

例の、義父母の犬の『キャンディ』は、明日まで、うちで預かることになっています。今朝も、いつものように散歩に行き、帰ってから、庭につなぐためにリードをつなぎ変えていたところ、

リードを外したその瞬間、キャンディは、首輪に掛けた僕の手を振り払い、全速力で、家の前の坂道を下って行きました。

僕はあっけにとられて、1,2秒は固まっていたと思います。頭のいい、従順な犬なので、こんなおイタをするとは全く想定外。我に返って、

「キャンディ！ストップ！」　「キャンディ、戻れー！」

と叫びながら、追いかけたのですが、犬はわき目も振らずに走り続け、やがて見失ってしまいました。

僕は、急いで家に戻って、バイクを引き出しました。僕の勘では、あのキャンディーの確信に満ちた逃げ方は、「そのへんでもうちょっと遊びたい」ということでは無く、自分の家、つまり妻の実家に自力で帰ろうとしているのではないか、と。そこで、通りそうな道を探すことにしたのです。

うちから実家までの道のりは、クルマで45分ほどかかります。しかも、キャンディがうちに来たのは、今回が初めてなので、道順を覚えているとは思えません。だいたいの方角は分かるとしても、途中には線路もあれば川もあり、アンダーパスも幹線道路もありますから、自力では到底行きつけないでしょう。問題は、どこで迷っているか、ということになります。

バイクやクルマで、ひとしきり、可能性のありそうな道を走ったのですが、収穫はありませんでした。そもそも、通る可能性のある道なんて、無数にあるわけだし、探すべき範囲は、時間の経過と共に広がっていきます。どうも、このセンは望み薄だと判断して、方針を変えることにしました。

とはいえ、できることといえば、「実はその辺で遊んでいる」と仮定して、近所を重点的に探すくらいです。妻がクルマの窓から”キャンディ～！”と呼びながら走ってみたり、いろんな人（道で遊んでいる子供とか、駐車場のガードマンとか）に聞いて回ったり、夕方まで粘ってみたけれど、収穫無しでした。

どうしよう…と半分途方に暮れつつ、わずかな望みをかけて、実家に行ってみることにしました。すでにそこにいるかもしれないので。でも、クルマを運転しつつ、考えるほどに、ありそうにないと思えてきます。キャンディは、市街地をリード無しで歩いたことも無いはずで、そんな”はじめてのおつかい”状態で、しかも知らない土地で、複数の線路や河川をピンポイントで超え、混雑している幹線道路をいくつも渡り、何時間も旅をするなんて…

こんな可能性に賭けるくらいなら、この時間を使って近所を探したほうが良かったかも、と少し後悔しつつ、ここまで来たのだから、とりあえず”居ないこと”は確認しておこうと思い、マンションの階段を登り、ドアのほうを見ると、、、、なにやら黒いものがあり、、、、キュ～とか言っており、、、、

　ぃ、いたーーーー！！！！！！！

キャンディは、ドアの前にうずくまって、とても心細そうにしていて。その様子に、僕は思わず涙ぐんでしまいましたよ。

とんでもなく危険なことをしたのだから、本当は叱るべきなのだろうけれど、なんだかそういう気持ちにはなれません。キャンディは、「ご主人さまのそばに居なければ！」という、飼い犬としての義務を果たしただけなのです。問題は、僕が、キャンディのご主人さまに成れなかったことなのです。見上げた忠犬じゃないですか。すごいよキャンディ！

そんなキャンディは、まったく元気ではありましたが、なぜか強烈な悪臭を放っていました。奥さんの説では、「畑の堆肥の上とかで、転げまわったんじゃないの？」ということで、僕の説では、「汚い川を、泳いで渡ったに違いない」なのですが。

臭いを落とすためシャンプーしてやりつつ、「それで、どんな冒険をしてきたん？」と聞いてみたのですが、キャンディは黙して語らず、でした。

大脱走
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